Twitter日記〜ツイートから見る過去〜
リセット癖がありつつ、物が捨てられない性格を持つというクソみたいな人間なので、Twitterに関してもそれなりの数のアカウントを過去作ってきました。
1つのアカウントに集中してやってきていたら今どうなっていたのだろうか?なんてことを思う時もあるんですが、別にフォロワーを増やしたいとかインフルエンサーになりたいみたいな野望もないので、ふと思い立ったタイミングでツイートをやめて別アカウントに移行しちゃってます。
ただ、上にも書いたように物が捨てられない性格をしているため、アカウント自体は消さずに残していることが多いです。なんとなくもったいないって気持ちになってしまうんですよね。
…そして、アカウントを消せない理由のもう1つがあって、絡んだ人との思い出が残ってしまっているってところなんですよ。
特に、絡んだことがある人が亡くなってしまった時は絶対にそのアカウントは消せなくなってしまいます。絡んでいた人が亡くなったために残しているアカウントが2つあって、1つは完全に使うことがなくて、もう1つもツイートすることはないけど知人のツイートを見に行くことはあるという状況になっています。
亡くなった人がいなかったとしても、やはり人と絡んでいたやりとりが残っているとどうしても消せないですよね。元々あまり人に積極的に絡みにいくことは少ない方なのですが、だからこそ絡むことが出てくればそれなりにやりとりを長い間しちゃうのでそこに思い出が詰まってきちゃいます。
そんなこんなでいくつものアカウントを消さずに残しているわけですが、先日その1つをふと見に行こうと思って久しぶりにログインしてきました。亡くなった人と絡んだことがあるアカウントなんですけどね。
そのアカウント自体は元々知人とくだらないツイートをするために作ったアカウントであったため、改めてツイートを見てもクソみたいなことしかつぶやいていませんでしたが、ふとした瞬間にツイートしている当時の心境などを見るとその背景にある出来事なんかを思い出して懐かしい気持ちになりました。
懐かしい気持ちといっても、当時は仕事で結構イライラすることが多かったということもあって、背景にある出来事自体はあまりいい思い出ではなかったんですけどね 笑
今は環境がガラッと変わったこともあって、当時のイライラしていた出来事も笑い話にできるようにはなりましたけど、ツイートにフツフツと怒りを感じられたということは当時は本当に怒ってたんだなぁ…と懐かしくなっちゃいました。
その過程で亡くなった人とのやりとりを見て、もうこういったやりとりをすることもできないんだな…と少し悲しくもなりましたけどね。
日記などをつける習慣もないので、過去の思い出を記録として見ることができるのがブログかTwitterになっちゃうため、もう少しちゃんとブログを更新するなり、ツイートするなりしなきゃなと思い、グダグダと記事を更新してみました。
人に公開するような内容ではないとは思いますが、仮に自分が亡くなってしまった時に、自分を知っている人がふと思い出してくれるきっかけになるのであれば、このようなくだらない投稿であったとしてもなんらかの価値はあるのかなと思っています。
…まぁ、仮に亡くなったとしたらレンタルサーバー代が払えなくなって、このブログ自体も消えてしまうんですけどね 笑
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